TOP > CATEGORY − B-11弁護士との出逢い
一月二十二日。午後一時にN氏と待ち合わせ、彼の車に乗って弁護士会館へと向かいました。
近くの有料駐車場に車を置いて、きょろきょろと探して歩きました。
街から少し外れたところに裁判所があり、細い道路をはさんだ向かい側にその建物はありました。
想像していたよりも小さなビルの、少し古いドアを開け中に入ると、ふたりでエレベーターに乗り込みました。間もなく、協会のある階で扉が開きました。
受付カウンターには、N氏から教わったとおり『相談料 三十分 五千円』と書かれた簡素な案内板が立てかけてありました。
事務員と思われるひとりの女性が、私より先に来ていた人への応対を終えたところでした。
私は「あの」と、彼女のほうに歩み寄りました。
「これに記入してください」
と、私と同じか少し若いくらいのその女性は、手慣れた様子で一枚の用紙を差し出してきました。名前を書く欄といくつかの簡単な質問事項が書いてありました。
私が手早く記入を済ませると、その女性が言いました。
「今からですと、順番が三時くらいになってしまうのですが」
「三時ですか」
「ほかに予約が詰まっているので、受付してすぐというのは無理なんです」
右手にある待合室には、長椅子に腰かけ、順番を待っている人たちの姿が見えました。
「わかりました。かまいません」
「それじゃあ、三時にまたここに来ればいいんですね」
と、隣でN氏が念を押しました。
「ええ。ただ、受付したまま来ない人がいた場合、順番が早まるかもしれません。少し早めに来たほうがいいですね」
と、あまりにも事務的で少し冷たい印象だった彼女が、最後に親切に教えてくれました。
ほかの事務員もバタバタと忙しそうにしていて、彼女もそんな中、効率よく仕事をするには仕方のないことだったのでしょう。どんな職場でも、それは共通するところで、私もけっして例外ではなかったなと、かつて会社にいた頃をしんみり想ったものでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
適当に時間を潰し、時間より少し早めに、今度はひとりで、あのビルへと足を踏み入れました。N氏は、仕事に行く時間が迫っていたため、近くで私を車から降ろすと、そのまま走り去ってしまっていました。
つい一時間前と同じようにエレベーターのボタンを押しました。しかし、このときはひとりきり。少し心細かったけれど、時間ギリギリまで付き添ってくれたN氏の優しさに深く感謝しました。
待合室に入ると、私は空いている椅子に腰かけ、自分の名前が呼ばれるのを待ちました。周りを見渡すと、私より先に来ていた四、五名の人たちが、それぞれ順番を待っていました。私は改めて、自分以外にも、何らかの問題を抱え、弁護士を頼ってくる人が大勢いることに驚きました。
そのうちのひとりが、名前を呼ばれて待合室から出て行きました。
私の順番はまだ来そうにありませんでした。
おや、カウンターを見ると、相談を終えたばかりでしょうか、ひとりの若い女性が、見るからに厳しそうな年輩の女性に叱られているようでした。若い女性は何かの書類に記入をしていて、年輩のほうは弁護士のようでした。話の内容は専門的すぎて私には理解できなかったから、もしかしたら叱っているのではなく、注意もしくは指導していただけかもしれないけど、それにしても口調がきつくて、失礼ながらこわそうな弁護士さんでした。
私は固唾を呑みました。そして彼女たちが去ったあとも、そわそわしていました。あの弁護士さんにあたったら……って。
それから、ふと横を向くと、協会側の相談者への心づかいか、緑茶と飲料水のサーバーが置いてあるのが目に入りました。私は緊張をほぐそうと思い、紙コップに熱い緑茶を少しだけ注いで、ちびちびと飲みました。猫舌の私がそれを飲み終えるには数分かかってしまったのですが、そのあいだに名前を呼ばれて待合室を出ていったのはひとりだけでした。
その後もどうしても気持ちが落ち着かず、たいして行きたくもないトイレに入りました。意味もなく手を洗い、ドライアイ用の目薬をさし、あとはすることがないので腕時計を見たら、もう少しで三時になろうとしていました。
待合室に戻ると、私はそれまで着ていた濃いグレーのロングコートを脱ぎ、それをたたんでひざの上に置きました。その上に、一昨年前の誕生日にN氏が贈ってくれた、白と黒のチェック模様のマフラーをのせました。肌ざわりがよく、私の大のお気に入りとなっていたものです。
それから気合いを入れて背筋を伸ばした途端に、私の名前が呼ばれました。あわてて鞄とコートを抱えて、カウンターへと駆け寄りました。
受付の女性が訊きました。
「ここからすぐ近くの、一階にコンビニがあるマンションはおわかりになりますか」
「はい。わかります」
「今、大変混み合っているので、そのマンションの中にある法律事務所へ行ってください。着いたら、先生にこの紙を渡してください」
と、私が先に受付で書いた用紙を手渡されました。彼女はさらに、メモに案内を書いてくれました。
そして私は、その事務所へ向かうため、脱いだばかりのコートを着なおし、速歩でそのビルを出たのでした。
近くの有料駐車場に車を置いて、きょろきょろと探して歩きました。
街から少し外れたところに裁判所があり、細い道路をはさんだ向かい側にその建物はありました。
想像していたよりも小さなビルの、少し古いドアを開け中に入ると、ふたりでエレベーターに乗り込みました。間もなく、協会のある階で扉が開きました。
受付カウンターには、N氏から教わったとおり『相談料 三十分 五千円』と書かれた簡素な案内板が立てかけてありました。
事務員と思われるひとりの女性が、私より先に来ていた人への応対を終えたところでした。
私は「あの」と、彼女のほうに歩み寄りました。
「これに記入してください」
と、私と同じか少し若いくらいのその女性は、手慣れた様子で一枚の用紙を差し出してきました。名前を書く欄といくつかの簡単な質問事項が書いてありました。
私が手早く記入を済ませると、その女性が言いました。
「今からですと、順番が三時くらいになってしまうのですが」
「三時ですか」
「ほかに予約が詰まっているので、受付してすぐというのは無理なんです」
右手にある待合室には、長椅子に腰かけ、順番を待っている人たちの姿が見えました。
「わかりました。かまいません」
「それじゃあ、三時にまたここに来ればいいんですね」
と、隣でN氏が念を押しました。
「ええ。ただ、受付したまま来ない人がいた場合、順番が早まるかもしれません。少し早めに来たほうがいいですね」
と、あまりにも事務的で少し冷たい印象だった彼女が、最後に親切に教えてくれました。
ほかの事務員もバタバタと忙しそうにしていて、彼女もそんな中、効率よく仕事をするには仕方のないことだったのでしょう。どんな職場でも、それは共通するところで、私もけっして例外ではなかったなと、かつて会社にいた頃をしんみり想ったものでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
適当に時間を潰し、時間より少し早めに、今度はひとりで、あのビルへと足を踏み入れました。N氏は、仕事に行く時間が迫っていたため、近くで私を車から降ろすと、そのまま走り去ってしまっていました。
つい一時間前と同じようにエレベーターのボタンを押しました。しかし、このときはひとりきり。少し心細かったけれど、時間ギリギリまで付き添ってくれたN氏の優しさに深く感謝しました。
待合室に入ると、私は空いている椅子に腰かけ、自分の名前が呼ばれるのを待ちました。周りを見渡すと、私より先に来ていた四、五名の人たちが、それぞれ順番を待っていました。私は改めて、自分以外にも、何らかの問題を抱え、弁護士を頼ってくる人が大勢いることに驚きました。
そのうちのひとりが、名前を呼ばれて待合室から出て行きました。
私の順番はまだ来そうにありませんでした。
おや、カウンターを見ると、相談を終えたばかりでしょうか、ひとりの若い女性が、見るからに厳しそうな年輩の女性に叱られているようでした。若い女性は何かの書類に記入をしていて、年輩のほうは弁護士のようでした。話の内容は専門的すぎて私には理解できなかったから、もしかしたら叱っているのではなく、注意もしくは指導していただけかもしれないけど、それにしても口調がきつくて、失礼ながらこわそうな弁護士さんでした。
私は固唾を呑みました。そして彼女たちが去ったあとも、そわそわしていました。あの弁護士さんにあたったら……って。
それから、ふと横を向くと、協会側の相談者への心づかいか、緑茶と飲料水のサーバーが置いてあるのが目に入りました。私は緊張をほぐそうと思い、紙コップに熱い緑茶を少しだけ注いで、ちびちびと飲みました。猫舌の私がそれを飲み終えるには数分かかってしまったのですが、そのあいだに名前を呼ばれて待合室を出ていったのはひとりだけでした。
その後もどうしても気持ちが落ち着かず、たいして行きたくもないトイレに入りました。意味もなく手を洗い、ドライアイ用の目薬をさし、あとはすることがないので腕時計を見たら、もう少しで三時になろうとしていました。
待合室に戻ると、私はそれまで着ていた濃いグレーのロングコートを脱ぎ、それをたたんでひざの上に置きました。その上に、一昨年前の誕生日にN氏が贈ってくれた、白と黒のチェック模様のマフラーをのせました。肌ざわりがよく、私の大のお気に入りとなっていたものです。
それから気合いを入れて背筋を伸ばした途端に、私の名前が呼ばれました。あわてて鞄とコートを抱えて、カウンターへと駆け寄りました。
受付の女性が訊きました。
「ここからすぐ近くの、一階にコンビニがあるマンションはおわかりになりますか」
「はい。わかります」
「今、大変混み合っているので、そのマンションの中にある法律事務所へ行ってください。着いたら、先生にこの紙を渡してください」
と、私が先に受付で書いた用紙を手渡されました。彼女はさらに、メモに案内を書いてくれました。
そして私は、その事務所へ向かうため、脱いだばかりのコートを着なおし、速歩でそのビルを出たのでした。




