先日、私がインターネットで調べものをしていたら、ひょんなところで、
『ブルマーはなぜ消えたのか』
というタイトルを見つけました。
え、ブルマーって、今、ないの?
私はそんなこと知らなかったので、クリックしてみました。
それは本の宣伝でした。
その出版社からのコメントが以下。
『日本男児の青春の思い出、ブルマーは絶滅した。
それには「人の嫌がることはしない」原理主義とでもいえるイデオロギーが関わっていた。人の顔色を窺い、ビクビク萎縮した今の日本が、理想の社会なのか?
過剰なセクハラ規制・禁煙運動に負けず、ささやかな愉しみを享受するために、現役精神科医がおくる知的"闘争"参考書!
表紙にブルマーの誕生から消滅までの写真入年表付。』
私の感想――なにそれ?
『過剰なセクハラ規制・禁煙運動に負けず、ささやかな愉しみを享受するために』って……いったい何言ってんの?
私は、最初タイトルを見たときは、ジェンダーについて取りあげたまじめな本かと思ったんですけど、なんか違うみたいです。
読者の感想文があったのでそれを記載します。
『ブルマーが消えたのは時代の流れだと思います。
きっかけとなった出来事が何であれ、その時代の空気と 当事者の希望や必要性が変化につながったのです。
人も時代も価値観も変わっていきます。変わらないものはありません。
昔の日本女性は腰巻きの下に下着はつけてませんでした。
でも今下着をつけない女性がいたらどうでしょうか?
煙草も昔は吸ってるのが当たり前でした。煙の嫌いな人の意見は無視されてオフィスも煙がモウモウでした。
今はいきすぎた振り子が反動で逆に振れているのです。
郷愁を感じるのはけっこうですが変化を否定するのはナンセンスです。
人の嫌がることをしないのは当たり前。
私自身は多少理不尽に感じたとしても相手が嫌がるならやめます。
自分の目には白に見えるものが他の人には黒に見えたとしても、それはそれとして相手の価値観を尊重できる心の余裕が必要。
相手の見方を全否定してお互い殺しあえば戦争になります。
「いきすぎた自由と人権が社会の荒廃を生んでいる」なんてしたり顔で語る輩がいますが、自由も人権もない社会に住みたいですか?
言いたいことがあれば言うのは自由ですが(この本が出版できたのも日本に言論の自由があるから)自分の価値観を押し付ければ相手に嫌がられるのは当然です。』
以上の感想文と、先の出版社のコメントとをあわせて考えると、どうやらこの本は、ブルマーが消えたことを不服とする人が書いたようだと察することができます。
そして私は、読者の意見を支持します。
私も本を読んでから感想を書くほうがいいかなと思いましたが、
読みたくないので読みません。
だから本へのリンクもしません。
見たい人は、Amazon(アマゾン)で検索してください。
じゃあ、なぜ読みたくもない本について記事を書いたのかと申しますと、私が以前にふと気づいたことを思い出したからです。
ずいぶん前のことでいつだったか明確には覚えていませんが、あるテレビ番組を観たときのことでした。
ドキュメントだったのだと思います。
ある女子学生が、学校にジャージで通学しているという話でした。
その理由は、制服のスカートをはきたくないから。
私、はっとしました。
私も中学、高校と制服で、ブレザーとスカートの組み合わせでした。
何にはっとしたかというと、私がそれを疑問に思ったことが皆無だったということです。
考えてみれば変ですよ。
私は大人になって勤めるようになってからは、しだいにパンツスーツばかりを好んではくようになっていました。
理由は、スカートをはきたくないから。
通勤途中や会社には、エロ男がわんさといます。私の頭のてっぺんからつま先までを何往復もジロジロと眺め倒すオヤジもいました。
ズボンをはいているから安心という保障はない(私はズボン姿でセクハラにも痴漢にも遭いました)ですが、見られたくないものは隠したっていいでしょ?
それにズボンのほうが動きやすいし、冬はあったかいです。
だから私は、制服のある会社には勤めたくない!
だって、制服はだいたいスカートと決まっているんですもの。
なのに、10代のころは制服がスカートであることに少しの抵抗もなかったんですよ。
私はぞっとしました。これがジェンダー(※)というものか!? って。
学校や職場の制服はスカートのみ――それ以外に選択の余地がないなんておかしいです。
番組に出ていた女子学生がジャージでがんばって通学していたのが切なかったです。
スカートをはきたい人はスカート、ズボンの人はズボンでいいじゃないですか。
でも、現在ではブルマーがないということですから、もしかしたら制服もズボンがあったりして。
私はそのような情報は知らないけれど、そうだといいな。
(※)ジェンダーとは、生物学的な身体の性(sex)と区別して示す単語で、「社会的・文化的な性のありよう」という意味です。
無意識のうちに「男らしさ」とか「女らしさ」で役割分担してしまうことがありませんか。
女性社員だけにお茶をいれさせる、なんていうのが典型的な例です。
女性に対してだけではなく、男性の場合も同じです。
「男だから」「女のクセに」なんていう枕詞はジェンダーハラスメントになりかねません。
場合によってはセクシュアルハラスメントにもなりうるのです。ご注意を!
『ブルマーはなぜ消えたのか』
というタイトルを見つけました。
え、ブルマーって、今、ないの?
私はそんなこと知らなかったので、クリックしてみました。
それは本の宣伝でした。
その出版社からのコメントが以下。
『日本男児の青春の思い出、ブルマーは絶滅した。
それには「人の嫌がることはしない」原理主義とでもいえるイデオロギーが関わっていた。人の顔色を窺い、ビクビク萎縮した今の日本が、理想の社会なのか?
過剰なセクハラ規制・禁煙運動に負けず、ささやかな愉しみを享受するために、現役精神科医がおくる知的"闘争"参考書!
表紙にブルマーの誕生から消滅までの写真入年表付。』
私の感想――なにそれ?
『過剰なセクハラ規制・禁煙運動に負けず、ささやかな愉しみを享受するために』って……いったい何言ってんの?
私は、最初タイトルを見たときは、ジェンダーについて取りあげたまじめな本かと思ったんですけど、なんか違うみたいです。
読者の感想文があったのでそれを記載します。
『ブルマーが消えたのは時代の流れだと思います。
きっかけとなった出来事が何であれ、その時代の空気と 当事者の希望や必要性が変化につながったのです。
人も時代も価値観も変わっていきます。変わらないものはありません。
昔の日本女性は腰巻きの下に下着はつけてませんでした。
でも今下着をつけない女性がいたらどうでしょうか?
煙草も昔は吸ってるのが当たり前でした。煙の嫌いな人の意見は無視されてオフィスも煙がモウモウでした。
今はいきすぎた振り子が反動で逆に振れているのです。
郷愁を感じるのはけっこうですが変化を否定するのはナンセンスです。
人の嫌がることをしないのは当たり前。
私自身は多少理不尽に感じたとしても相手が嫌がるならやめます。
自分の目には白に見えるものが他の人には黒に見えたとしても、それはそれとして相手の価値観を尊重できる心の余裕が必要。
相手の見方を全否定してお互い殺しあえば戦争になります。
「いきすぎた自由と人権が社会の荒廃を生んでいる」なんてしたり顔で語る輩がいますが、自由も人権もない社会に住みたいですか?
言いたいことがあれば言うのは自由ですが(この本が出版できたのも日本に言論の自由があるから)自分の価値観を押し付ければ相手に嫌がられるのは当然です。』
以上の感想文と、先の出版社のコメントとをあわせて考えると、どうやらこの本は、ブルマーが消えたことを不服とする人が書いたようだと察することができます。
そして私は、読者の意見を支持します。
私も本を読んでから感想を書くほうがいいかなと思いましたが、
読みたくないので読みません。
だから本へのリンクもしません。
見たい人は、Amazon(アマゾン)で検索してください。
じゃあ、なぜ読みたくもない本について記事を書いたのかと申しますと、私が以前にふと気づいたことを思い出したからです。
ずいぶん前のことでいつだったか明確には覚えていませんが、あるテレビ番組を観たときのことでした。
ドキュメントだったのだと思います。
ある女子学生が、学校にジャージで通学しているという話でした。
その理由は、制服のスカートをはきたくないから。
私、はっとしました。
私も中学、高校と制服で、ブレザーとスカートの組み合わせでした。
何にはっとしたかというと、私がそれを疑問に思ったことが皆無だったということです。
考えてみれば変ですよ。
私は大人になって勤めるようになってからは、しだいにパンツスーツばかりを好んではくようになっていました。
理由は、スカートをはきたくないから。
通勤途中や会社には、エロ男がわんさといます。私の頭のてっぺんからつま先までを何往復もジロジロと眺め倒すオヤジもいました。
ズボンをはいているから安心という保障はない(私はズボン姿でセクハラにも痴漢にも遭いました)ですが、見られたくないものは隠したっていいでしょ?
それにズボンのほうが動きやすいし、冬はあったかいです。
だから私は、制服のある会社には勤めたくない!
だって、制服はだいたいスカートと決まっているんですもの。
なのに、10代のころは制服がスカートであることに少しの抵抗もなかったんですよ。
私はぞっとしました。これがジェンダー(※)というものか!? って。
学校や職場の制服はスカートのみ――それ以外に選択の余地がないなんておかしいです。
番組に出ていた女子学生がジャージでがんばって通学していたのが切なかったです。
スカートをはきたい人はスカート、ズボンの人はズボンでいいじゃないですか。
でも、現在ではブルマーがないということですから、もしかしたら制服もズボンがあったりして。
私はそのような情報は知らないけれど、そうだといいな。
(※)ジェンダーとは、生物学的な身体の性(sex)と区別して示す単語で、「社会的・文化的な性のありよう」という意味です。
無意識のうちに「男らしさ」とか「女らしさ」で役割分担してしまうことがありませんか。
女性社員だけにお茶をいれさせる、なんていうのが典型的な例です。
女性に対してだけではなく、男性の場合も同じです。
「男だから」「女のクセに」なんていう枕詞はジェンダーハラスメントになりかねません。
場合によってはセクシュアルハラスメントにもなりうるのです。ご注意を!




