ここからは、カテゴリー名「9セカンドハラスメント」の続きです。
翌日は、私の二十九歳の誕生日でした。午後にN氏と待ち合わせをしました。少し遅い昼食をとったあと、彼の運転する車で合同庁舎へと向かいました。
建物の一階には職業安定所があり、私は転職の際に何度か訪れたことがありました。しかし、この日は違いました。別の階に雇用均等室という部署があり、私が抱えているような問題の相談にのってくれるのです。
部屋に入り、応対にきた事務員に相談に来たことを話すと、奥の別室に通されました。社長室といった感じの、普段は誰か偉い人が使用しているような部屋で、このときは誰もいませんでした。入口正面奥に大きなデスクが置いてありました。左手には窓があり、その手前に来客用か会議用の六人掛けのテーブルがありました。
私とN氏はそのテーブルへ案内され、座って待つよう言われました。
しばらくすると、ひとりの女性が入ってきました。
「少し寒いですね。さっき暖房をいれたばかりなので、すみません」
彼女は私の正面の席に腰をおろすと、手に持っていたファイルをテーブルの上に置きました。三十代半ば頃で、その話し方や物腰から上品な印象を受けました。名は「S」さんといいました。
私は、担当者が女性であることに安心しました。
Sさんが尋ねました。
「お名前を教えていただけますか」
私が名乗ると、Sさんはファイルから用紙を一枚抜き出し、それに私の名前を記入しました。
「それでは、事情を話していただけますか」
私は、何と話し始めていいのかわからず、戸惑ってしまいました。
私が躊躇しているあいだ、Sさんはじっと待っていてくれました。
私は、言葉を見つけ言いました。
「今年の一月頃からセクハラをされて……」
私がいきなりそう言ったので、Sさんがあわてて質問してきました。
「あ、ちょっと待ってください。セクハラをしてきたのは、Hさんが勤めてらっしゃる会社の上司ですか」
「はい。そうです」
「会社の名前は何といいますか」
「○○工業です」
Sさんは、私の名前の下に会社名を記入しました。
「セクハラをした上司とHさんの会社での関係はどういうものですか」
私は、T山が本社設計の次長であること、支店に月の三分の一から半分ほど来ていたことなどを説明しました。
そのあいだ、Sさんは、私の話に耳を傾けながらメモを取っていきました。
少々事務的とも思えましたが、かえってそのほうが話しやすかったです。
彼女がペンを置くのを待って、私は本題に入りました。
「それで、今年に入ってから、セクハラをされるようになったんです」
私は当時のことを思い出しながら、順を追って説明していきました。
話していくうちに、忌まわしい記憶が蘇り、胸が苦しくなって、涙がこぼれました。そのため、時々話が途切れたけれど、何とか前日までのことを話し終えました。
「そして、これが、きのう見つけた文書です」
と、私は、支店長が作成したと思われる文書をSさんに渡しました。
「宛名も差出人の名前もありませんが、支店長が作成したものに間違いないと思います」
Sさんが文書に目を落としました。
静かでした。
私はSさんを見ました。
彼女が読んでいる文書には、でたらめなばかりでなく、私を地獄に突き落とした一言が書いてある……
『要は彼女の性格の問題だ』
このとき私は、文書を初めて読んだときの絶望感に襲われました。もう自分を抑えることができず、両手で顔を覆い、涙の流れるままに泣きました。
隣でN氏が心配そうにしているのが気配でわかりました。かける言葉が見つからないようでした。
Sさんが、
「きのうのきょうですからね」
と優しく言いました。
涙は、私がしばらく泣いても止まってくれませんでした。
翌日は、私の二十九歳の誕生日でした。午後にN氏と待ち合わせをしました。少し遅い昼食をとったあと、彼の運転する車で合同庁舎へと向かいました。
建物の一階には職業安定所があり、私は転職の際に何度か訪れたことがありました。しかし、この日は違いました。別の階に雇用均等室という部署があり、私が抱えているような問題の相談にのってくれるのです。
部屋に入り、応対にきた事務員に相談に来たことを話すと、奥の別室に通されました。社長室といった感じの、普段は誰か偉い人が使用しているような部屋で、このときは誰もいませんでした。入口正面奥に大きなデスクが置いてありました。左手には窓があり、その手前に来客用か会議用の六人掛けのテーブルがありました。
私とN氏はそのテーブルへ案内され、座って待つよう言われました。
しばらくすると、ひとりの女性が入ってきました。
「少し寒いですね。さっき暖房をいれたばかりなので、すみません」
彼女は私の正面の席に腰をおろすと、手に持っていたファイルをテーブルの上に置きました。三十代半ば頃で、その話し方や物腰から上品な印象を受けました。名は「S」さんといいました。
私は、担当者が女性であることに安心しました。
Sさんが尋ねました。
「お名前を教えていただけますか」
私が名乗ると、Sさんはファイルから用紙を一枚抜き出し、それに私の名前を記入しました。
「それでは、事情を話していただけますか」
私は、何と話し始めていいのかわからず、戸惑ってしまいました。
私が躊躇しているあいだ、Sさんはじっと待っていてくれました。
私は、言葉を見つけ言いました。
「今年の一月頃からセクハラをされて……」
私がいきなりそう言ったので、Sさんがあわてて質問してきました。
「あ、ちょっと待ってください。セクハラをしてきたのは、Hさんが勤めてらっしゃる会社の上司ですか」
「はい。そうです」
「会社の名前は何といいますか」
「○○工業です」
Sさんは、私の名前の下に会社名を記入しました。
「セクハラをした上司とHさんの会社での関係はどういうものですか」
私は、T山が本社設計の次長であること、支店に月の三分の一から半分ほど来ていたことなどを説明しました。
そのあいだ、Sさんは、私の話に耳を傾けながらメモを取っていきました。
少々事務的とも思えましたが、かえってそのほうが話しやすかったです。
彼女がペンを置くのを待って、私は本題に入りました。
「それで、今年に入ってから、セクハラをされるようになったんです」
私は当時のことを思い出しながら、順を追って説明していきました。
話していくうちに、忌まわしい記憶が蘇り、胸が苦しくなって、涙がこぼれました。そのため、時々話が途切れたけれど、何とか前日までのことを話し終えました。
「そして、これが、きのう見つけた文書です」
と、私は、支店長が作成したと思われる文書をSさんに渡しました。
「宛名も差出人の名前もありませんが、支店長が作成したものに間違いないと思います」
Sさんが文書に目を落としました。
静かでした。
私はSさんを見ました。
彼女が読んでいる文書には、でたらめなばかりでなく、私を地獄に突き落とした一言が書いてある……
『要は彼女の性格の問題だ』
このとき私は、文書を初めて読んだときの絶望感に襲われました。もう自分を抑えることができず、両手で顔を覆い、涙の流れるままに泣きました。
隣でN氏が心配そうにしているのが気配でわかりました。かける言葉が見つからないようでした。
Sさんが、
「きのうのきょうですからね」
と優しく言いました。
涙は、私がしばらく泣いても止まってくれませんでした。




